歌で独立した国ラトビア

2021-04-26
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2021-04-26 Global Consult Group

歌で独立した国ラトビア

【ラトビア共和国】

  • 面積: 6.4万㎢(東北6県面積6.6万㎢をやや下回る)
  • 人口: 201万人(札幌市195万人よりやや多い)
  • 一人当たり名目GDP:US$17,560(2020年 IMF推計 ヨーロッパ50か国中27位 ギリシャとほぼ同じ)
  • 宗教: ルーテル教会、ローマカトリック、正教会、ラトビア神道等
  • 民族: ラトビア人62.1%、ロシア人26.9%、ベラルーシ人3.7%、ウクライナ人2.3%等

大学時代に、合唱の世界にのめり込んでから、今日にいたるまで、どこにいても、その地域の合唱団に所属して歌ってきた。静岡6年間、前橋4年間、インドネシア8年間と仕事で赴任した先々で、歌ってきたため、各地に歌仲間がいる。ニューヨークのカーネギーホール、ローマのサンピエトロ大聖堂といった大舞台でも歌った経験がある。衣装を着てオペラに出演したり、川崎フロンターレの選手の前で応援歌を歌ったりと、歌を通じて、様々な経験をしてきた。そんな私にとって、残された人生、どうしても参加したいと思っているのが、4~5年に一度、バルト三国の各国で行われている「歌と踊りの祭典」である。

偶然、2019年12月に、ラトビア合唱団ガイスマという合唱団に出会った。2023年のラトビア歌と踊りの祭典への参加を目指しているということであった。早速、合唱団の練習に参加し始めたものの、3回ほど練習に参加したところで、コロナの影響により、リアルの練習はできなくなってしまった。現在はZoomでの練習を続けている。

この祭典に強い関心がある理由、それは、この国の国民と合唱との関り方にある。バルト三国は、世界一合唱人口が多い国である。データは無いが、国際比較すれば、間違いなく、エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国の合唱人口比率は、断トツの世界一である。多くの国民が合唱団に所属し、4~5年に一度行われる「歌と踊りの祭典」への参加を目指している。この祭典は、ユネスコの世界無形遺産に登録されている。

日本合唱界をリードしている「ママさんコーラス」とは異なり、この祭の参加者は、圧倒的に若者達である。2018年の時は、6月30日~7月8日まで、9日間行われている。市内パレードから始まるこの祭りは国家行事でもある。合唱、民族楽器、オーケストラ、踊り、演劇等60以上の行事が行われる。クロージングコンサートは、森林公園の舞台上に、参加者全員1万2千人が上り、数万人の聴衆とともに、全体合唱となる。終了は夜中の12時だが、終了後も、夜明けまで合唱曲や歌謡曲の歌い合いが行われるという。海外からこの祭典に出演できるのは、エストニアの大学合唱団と日本の合唱団ガイスマの2団体のみである。多くの海外合唱団の参加申し込みがあるが、本来の目的を維持するため、この二つの合唱団に制限されている。合唱団ガイスマでは、2023年の祭典で歌われる曲の練習が始まった。2年かけての練習となる。

ラトビア語で歌うため、ラトビア語の発音の習得は必須となる。発音そのものは、それほど難しくないが、言葉は、想像ができない新しい単語ばかりで、意味が全く分からない。西欧諸国の人にとり、フィンランドとハンガリーの言葉は、とっつきにくいと言われる。以前、モルドバ前大使に、ラトビアの合唱団に入ったと話をしたら、「ラトビア語は、難しいからやめといたほうがよい。ルーマニア語の方が、よっぽど簡単だ。」と言われたことがある。

ドイツ、ロシアに占領され続けてきた、120万人のラトビア民族にとり、自らの民族を守ることは、言葉を守ることであった。外来語を極力ラトビア語に置き換え、ドイツ語、ロシア語、英語の影響を極力避けてきた。こんなことが、言葉の難しさにつながっているのだろうか。

13世紀に北方十字軍が乗り込んできて、ドイツ騎士団領として、ドイツがラトビアの地を占領するようになってから、ラトビア人達は自分たちの言葉を必死に守ってきた。こうした言葉を守るためもあったのか、「ダイナ」と呼ばれる四行詩の民謡が各地で歌い継がれてきた。19世紀、民族意識が高まり、20万以上のダイナが収集される。こうした各地のダイナ(民謡)を歌い合おうと始まったのが、「歌と踊りの祭典」である。1873年のことであった。

祭典参加にあたり、必須の曲は、国歌の「Dievs, sveti Latviju!(神よ、ラトヴィアを祝福し給え)」と第二国歌「Put, vejini(風よそよげ)」である。国歌は、1908年、ロシア帝国から独立した時に作られたものである。ところが、1944年、再びソ連に併合されると、ラトビアを称えるこの国歌を歌うことが禁止される。そんな中、歌と踊りの祭典で、歌い続けられたのが、第二国歌である「Put, vejini」である。

「Put, vejini」は、ダイナの一つである。歌詞そのものは、飲んだくれの歌である。しかし、その裏には、圧政から逃れたいという意味が込められていた。1910年の第5回歌と踊りの祭典で、この曲が歌われ、大人気となり、以降、ラトビア人に愛され大切にされている。この曲は、今でも、クロージングコンサートの最後に、1万2千人の合唱団と、数万人の聴衆とが一体となって歌われる。

国歌を歌えなかったラトビアが、ソ連から独立するときが来た。1989年8月23日、ともに、「歌と踊りの祭典」を開催してきた、バルト三国の国民200万人が、エストニアの首都タリンから、ラトビアの首都リガを経てリトアニアの首都ビリニュスまで、600kmもの間、手をつなぎ、人間の鎖を作ったのである。東京から兵庫県の明石まで、人の鎖を作った形である。歌う革命に成功したバルト三国の成立は、ソ連崩壊のきっかけも作ってしまう。

現在では、独立を果たしたバルト三国は、デジタル大国となり、急成長を遂げている。日本より、はるかにデジタル化が進んでいる国もある。エストニアは、Skype発祥の国として知られ、世界最先端の電子政府となっている。ラトビアは、仮想通貨PINSが北欧で急速に伸ばし、日本にも上陸してきた。一人当たりGDPは、ポルトガル、ギリシャといったところと同じ、2万ドル前後で教育水準も高い。

私自身は、まだラトビアを訪問したことはないが、バルト三国を訪れたことのある人に聞くと、必ずといっていいほど、「また行きたい」とバルト三国の旅行を絶賛する。エストニアの首都タリン、ラトビアの首都リガ、リトアニアの首都ビリニュスは、いずれも世界文化遺産となっている美しい街とのことである。

新型コロナにより、三度目の緊急事態宣言が発せられ、うっとうしい状況が続いているが、2年後の「ラトビア歌と踊りの祭典」目指し、練習を続けていきたいと考えている。

(岩松廣行)

 

 

追) ウクライナのチェルノブイリで原発事故が起きた1987年、加藤登紀子が歌った「百万本のバラ」という曲が、日本で大ヒットする。実は、この歌の原曲は、1968年に作曲されたラトビアの子守歌「Davaja Marina(マーラが与えた人生)」にある。原曲では「マーラ(女神)は、娘に生を与えたが、幸せはあげ忘れた」といった内容となっている。マーラを「ラトビア」に、娘を「国民」になぞらえたもので、大国に翻弄されてきたラトビアの苦悩を歌ったものであった。1981年、ラトビアの歌謡コンテストで少女がこの曲を歌い、優勝する。その翌年の1982年、ソ連は、この曲に「百万本のバラ」の歌詞をつけて取り上げる。「貧しい画家が、女優に恋して、小さな家とキャンパスの全てを売って、百万本のバラを贈る」という内容に変えられる。そして、ソ連国内で大ヒットする。それ訳して歌ったのが、加藤登紀子の「百万本のバラ」である。歌の歴史を調べると、興味深い事実に遭遇する。

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