世界で最も数の多い経営体は農業です。筆者は大学入学以来、国内外にて首尾一貫して農業分野の経営、生産、教育、普及、技術協力、試験研究等で実務経験を積んできました。その中でも特に、農業経営は商工業の経営と比較し、多くの特徴を持っていることから今回はそれを生産、財務・税制、法律・保険という形で整理し、この場を借りて記載させていただきます。ただし、筆者の農業生産経験は主に稲作、畜産であることから、記載内容が農業全般を網羅できていないことにご理解ください。
(1):生産
- トラクター等の運転免許:農作業での主役であるトラクター。その運転には機種によって「大型特殊」や「牽引」免許が必要です。ただし、これらの運転免許には「大型特殊(農耕車に限る)」や「牽引(農耕車に限る)」という種類の免許があります。筆者も「牽引(農耕車に限る)」を取得しました。この免許取得には自動車学校に通学する必要はなく、運転免許センターの教官がわざわざ農業大学校等の会場に出張して免許講習会を開催してくれます。しかも4-5(日?時間?)という短期間で取得できます。
- 牛肉の生産リードタイム:焼肉や牛丼好きの読者は牛肉を生産するのにどのくらいの時間がかかるかをご存じでしょうか。牛肉は雌の繁殖牛に種付けをして、妊娠期間が285日(9.5月)(和牛の場合)、出産後の育成、肥育期間が28か月です。合計で、27.5か月(2.3年)かかります。缶詰やプラスチック製品などの一般的な工場と比較すると、1製品を完成させるのに2.3年もかかることは考えられない期間です。牛肉生産には造船や航空機産業と同じような期間が必要なのです。
- 動物医薬品購入:人間が特定の医薬品を購入するときは医師の処方箋が必要ですが、それは家畜も同じです。畜産農家が家畜用の医薬品やワクチンを購入するときは、獣医の「指示書」が必要です。犬猫だけでなく、日本中にいる牛、豚、鳥、馬等の健康管理と国民の食の安全のために、獣医が現場で活躍しています。
- 牛のゲップ:牛は胃が4つある反芻動物です(羊、ヤギ、水牛、ラクダ、鹿等も反芻動物)。反芻動物は胃の中で餌を発酵させるため、発酵時にメタンガスが発生します。牛がゲップするときにメタンガスが大気に放出されます。世界中の反芻動物が毎日ゲップをするとメタンガスが発生して地球温暖化の促進につながっているともいわれています。オーストラリアやニュージーランドは人口よりも反芻動物が多いです。
- 採卵養鶏場の雄:玉子を生産する養鶏農家は雌の鶏しか必要としません。一方、種鶏場では雄と雌が約半々で生産されます。そのため、採卵鶏用の種鶏場では雄は誕生後すぐに殺処分されます。その数は日本で年間約1億匹です。
- 去勢(精巣の摘出):雄の肉牛は生後5-6か月、雄の肉豚は生後1週間で去勢されてしまいます。主な目的は肉の臭み(男性ホルモンの臭い)を無くすためと性格を穏やかにするためです。最終的には屠殺されるとはいえ、去勢される側の気持ちを考えると複雑な感じです。
(2):財務・税制
- 変動費:経営学の初期に学ぶことの1つに変動費と固定費があります。変動費は売上に比例して発生する費用として学びますが、農業の場合はそうではありません。農業の場合の変動費は「栽培面積」や「飼養頭羽数」といった「生産規模」に比例して発生する費用として考えられています。
- 軽油の免税:農作業に使われる軽油(トラクター、コンバイン、軽トラ等)は、免税で購入することができます。軽油の約半分が税金なので、農家は軽油を半額で購入することができます。ただし、農産物の加工や販売を目的に使う機械やトラックにはこの免税制度は適用されません。
- 固定資産「生物」:農業では、商工業では珍しい固定資産の勘定科目「生物」があります。これは種畜(繁殖用の雌牛、雄牛等)を資産計上したものです。耐用年数は種畜で異なりますが、固定資産「生物(豚)」の場合は3年(初回種付けから3年で償却)です。また、固定資産を売却した場合の売却益は損益計算書の「特別利益」に計上されますが、固定資産「生物」の売却収入は「売上」に計上されます。
- 勘定科目「育成仮勘定」:建設業での「建設仮勘定」に類似しています。繁殖用の種畜を育成するときに使う勘定科目で、育成期間で使用した飼料、薬剤、光熱費、労務費等の合計で計算します。育成が終わった段階で「育成仮勘定」から「生物」に変更し、繁殖用に供用します。
(3): 法律・保険
- 労働基準法:農業では以下の①から➄が労働基準法の対象外です(水産業も対象外。ただし、林業は対象内)。①労働時間(8時間/日等)、②休憩時間、➂休日、④深夜勤務(22:00~5:00)を除いた時間外労働の割増賃金の支払、➄年少者の特例(満 18 歳に満たない年少者を深夜労働に就かせてはならない)
ただし、農産加工や農産物の仕入販売業務等、最低賃金、年次有給休暇の付与義務、所定労働時間を超えた残業代の支払い(※割増支給は不要)は適用対象です。 - 労災保険:常時5人未満の労働者を使用する個人経営の農家は任意適用(加入)です。一般的には、労働者を1人以上雇用する事業は強制適用(加入)です。
- 雇用保険:常時5人未満の労働者を雇用する個人経営の農家は、「暫定任意適用事業」として任意適用(加入)です。商工業では常勤労働者を1人以上雇用する事業は強制適用(加入)です。
まとめ
農業は幅広く、奥が深いです。筆者が最近興味を持っているのはお茶の栽培・加工です。このことは次回に記載したいと思います。上記の情報はごく一部ですが、皆様の経営コンサルティングの参考になれば幸いです。
安藤